Section 1事業の背景
新潟の現場で、何が起きているのか
1-1. 担い手不足という現実
県内の総人口は2000年代以降、一貫して減少を続けており、2025年時点での推計人口は約200万人を下回る水準に達しています。特に生産年齢人口(15〜64歳)の減少は顕著で、農業・建設・製造・運輸・宿泊といった地域を支える産業において、現場を担う人材の確保が年々難しくなっています。
農業では、農業従事者の平均年齢が70歳に近づき、後継者のいない農家が増えています。建設業では、熟練技術者の高齢化と若手入職者の減少が重なり、工事の受注はあっても施工できないという事態が生じています。運輸業では、2024年4月に施行された時間外労働の上限規制(いわゆる「2024年問題」)により、ドライバー1人あたりの稼働時間が制限され、従来の輸送量を維持するためには単純計算で2割以上の人員増が必要とされています。宿泊業では、コロナ禍後のインバウンド需要の回復に対応できるスタッフが不足し、客室稼働率を上げたくても人手が足りないという声が相次いでいます。
これらは特定の業種や地域に限った話ではありません。新潟県全体の産業基盤を揺るがす、構造的な課題です。
1-2. 「採用できない」から「選ばれない」へ
人手不足の問題は、単に「求人を出しても応募が来ない」という量の問題にとどまりません。その背景には、若年層の首都圏・大都市圏への流出という地域構造の変化があります。
新潟県内の高校・大学を卒業した若者の多くは、就職を機に県外へ転出しています。「新潟は仕事がない」という認識が先行し、地元での就職を最初から選択肢に入れない若者も少なくありません。一方で、県内の中小企業の多くは、採用広報や職場環境の整備に十分なリソースを割けず、「選ばれる職場」になるための取り組みが後手に回っている現状があります。
求人票を出すだけでは人が来ない時代に、企業は「採用できない」という受け身の姿勢から脱却し、「選ばれる職場をつくる」という能動的な姿勢へと転換することが求められています。外国人材の活用は、その転換を迫る一つの契機でもあります。住居・食事・言語・文化への配慮を真剣に考えることで、職場環境そのものが整備され、結果として日本人スタッフにとっても働きやすい職場になるという事例が、県内の先進企業から報告されています。
1-3. 特定技能制度の登場と新潟の現在地
こうした状況を背景に、2019年4月、日本政府は「特定技能」という新たな在留資格制度を創設しました。従来の技能実習制度が「国際貢献・技術移転」を建前としていたのに対し、特定技能は「即戦力となる外国人材の確保」を明確な目的として設計されています。一定の日本語能力と技能水準を満たした外国人が、特定の産業分野で就労できる制度です。
2024年3月には対象分野が拡大され、自動車運送業・鉄道・林業・木材産業の4分野が新たに追加されました。これにより、特定技能の対象は計16分野となり、新潟県の主要産業のほぼすべてが制度の活用対象となっています。
しかし、制度が整備されたからといって、すぐに活用が広がるわけではありません。「手続きが複雑そう」「外国人を受け入れる体制が整っていない」「何かトラブルがあったときに対応できるか不安」——県内の経営者からは、こうした声が今も多く聞かれます。制度の存在は知っていても、「自社には関係ない」「まだ早い」と感じている経営者が多数を占めているのが現状です。
本事業は、そうした「知っているが動けていない」経営者に向けて、同じ新潟の現場で実際に外国人材活用に取り組んでいる経営者の声を届けることを、出発点としています。
Section 2事業の意義
隣の経営者の挑戦が、検討の入口になる
2-1. 「うちには無理」という先入観を解く
外国人材の活用に消極的な経営者の多くが口にするのは、「うちのような小さな会社には無理」という言葉です。大企業や都市部の企業がやることであって、地方の中小企業には縁遠い話だという先入観が、検討の入口を閉ざしています。
しかし、本事業で取材した企業の実態は、その先入観を覆すものです。従業員数十名規模の運送会社が、インドネシア人ドライバーを受け入れて県内最速の特定技能活用事例となっています。離島・佐渡島の製造業者が、生活フォローと日本語教育への投資によって高い定着率を実現しています。津南町の農業法人が、特区制度を活用した柔軟な労働時間管理で外国人材を戦力化しています。
共通しているのは、「完璧な準備が整ってから始めた」のではなく、「やりながら整えた」という姿勢です。最初の1人を受け入れる過程で、住居・食事・言語・文化への対応策を一つひとつ構築してきた。その経験の積み重ねが、今の定着率と現場の安定につながっています。
「隣の経営者がやっている」という事実は、「自分にもできるかもしれない」という気づきの入口になります。本事業が企業インタビューを中心に据えているのは、そのためです。
2-2. 外国人材活用は「コスト削減」ではない
外国人材の活用を「安価な労働力の確保」と捉えている経営者がいます。しかし、特定技能制度は日本人と同等以上の報酬を義務づけており、低賃金での雇用は制度上認められていません。また、住居・生活立ち上げ支援・日本語教育などの初期投資を考えると、短期的なコスト削減を目的とした活用は現実的ではありません。
本事業が伝えたいのは、外国人材の活用は「人材投資」であるという視点です。建設業の事例では、技能実習から特定技能へ移行した外国人材が、来日5年目に職長として現場を取り仕切るまでに成長しています。製造業の事例では、インドネシアの職業訓練校で旋盤加工を学んできた人材が、来日後に精密測定・品質検査の担当者として活躍しています。
「安価な労働力」として扱えば、定着しません。「未来の現場リーダー」として育てる視点を持ったとき、外国人材活用は企業の持続的な成長戦略の一部になります。本事業の取材事例は、その転換を体現した経営者の声で構成されています。
2-3. 地域経済と多文化共生の接点
外国人材の定着は、企業の人手不足解消にとどまらず、地域社会にも変化をもたらします。
農業法人の事例では、外国人材が地域の収穫祭に参加し、近隣農家や地域住民との交流が生まれています。宿泊業の事例では、バリ島出身のスタッフが外国人観光客との橋渡し役となり、施設の口コミ評価が向上しています。製造業の事例では、外国人材の受け入れをきっかけに職場の多言語マニュアルが整備され、日本人スタッフの業務標準化にも貢献しています。
外国人材が地域に根ざして生活し、働き続けることは、地域の活力を維持するための一つの手段です。新潟県が目指す多文化共生社会の実現においても、産業現場での外国人材活用は重要な接点となっています。本事業は、その接点を広げるための情報基盤として機能することを目指しています。
Section 3事業の内容
業界別外国人材活躍推進チャレンジ事業とは
3-1. 事業の目的と実施体制
「業界別外国人材活躍推進チャレンジ事業」は、新潟県産業労働部雇用能力開発課の委託事業です。外国人材の活用に消極的・未検討の県内経営者に対して、「隣の経営者の挑戦と現場のリアル」を届け、検討の入口をつくることを目的としています。
事業の柱は3つです。第一に、県内の先進企業への取材・記事制作による情報発信。第二に、外国人材活用を検討する経営者向けのセミナー・相談会の開催。第三に、インドネシアの送り出し機関DMI(PT DAISAN MINORI INDONESIA)との連携による、渡航前即戦力化モデルの普及です。
これらを一体的に展開することで、「知る→理解する→相談する→検討する」という経営者の行動変容を段階的に支援します。事業の運用期間は令和8〜10年度の3か年を想定しており、継続的な情報更新と事例の蓄積によって、新潟県の外国人材活用の情報ハブとして機能することを目指しています。
3-2. 対象5業種と取り組みの特徴
本事業では、新潟県の主要産業から5業種を対象として、先進企業へのインタビュー取材を実施します。各業種の取り組みには、それぞれ固有の先進性と学びがあります。
運輸交通では、2024年の特定技能(自動車運送業)創設後、県内最速でインドネシア人ドライバーを受け入れた事例を取材します。外国免許切替の手続き・雪道運転への適応・ハラール対応の食事環境整備など、運送業特有の課題をどのように乗り越えたかを伝えます。
製造では、離島・佐渡島や燕三条エリアの金属加工業者が、「地方だから定着しない」という先入観を覆した事例を紹介します。生活フォローへの投資が定着率向上と採用コスト削減につながるという、ROIの視点からの学びを提供します。
農業では、新潟市の国家戦略特区制度を活用した農業法人の事例を取り上げます。繁忙期・農閑期の労働時間の柔軟な調整と、地域コミュニティとの交流による定着策が、農業分野での外国人材活用の参考事例となります。
宿泊では、湯沢・妙高エリアの宿泊施設が取り組むインバウンド対応・マルチタスク育成・DXマニュアル活用の実践を紹介します。接客における言語の壁をどのように克服したかという具体的な工夫が、同業者の参考になります。
建設では、技能実習から特定技能への移行を成功させ、日本人同等給与・職長登用を実現した施工会社の事例を取材します。「安価な労働力」から「未来の現場リーダー」への意識変革のプロセスを伝えます。
3-3. セミナー・相談窓口の活用方法
本事業では、Webサイトによる情報発信と並行して、経営者向けのセミナー・相談会を定期的に開催します。セミナーでは、特定技能制度の基礎知識から採用プロセス・費用感・定着支援の実務まで、段階的に理解を深められるプログラムを提供します。
相談窓口では、「自社は対象業種に該当するか」「採用1名あたりの費用感は」「手続きはどこに頼めばよいか」といった個別の疑問に、本事業の支援窓口が無料で対応します。Webサイト上のお問い合わせフォームから、いつでも相談を受け付けています。
「まだ検討段階」「情報収集だけしたい」という段階からの相談も歓迎しています。外国人材活用は、一度の判断で完結するものではなく、情報収集・検討・準備・実施・定着支援という長いプロセスです。本事業はその全段階において、経営者の伴走者となることを目指しています。
Section 4事業が期待する効果
この事業が、新潟の産業にもたらすもの
4-1. 県内企業の採用課題への直接的な対応
本事業が最も直接的に期待する効果は、外国人材活用の「検討障壁」を下げることです。
現状、県内の多くの経営者は外国人材活用に関心を持ちながらも、「何から始めればよいかわからない」「手続きが複雑で自社では対応できない」という理由で、検討を先送りにしています。本事業のWebサイトは、そうした経営者が「自社と同じ業種・同じ規模の企業が、どのように取り組んでいるか」を具体的に知ることができる情報ハブとして機能します。
インタビュー記事・FAQ・セミナー情報・相談窓口を一か所に集約することで、「知る」から「相談する」までのステップを短縮します。外国人材活用の検討を始める経営者が1社でも増えることが、本事業の第一の成果指標です。
4-2. 先進事例の横展開による波及効果
本事業が取材する5社の事例は、それぞれの業種における「先行者の知恵」です。免許切替の手続き・生活フォローの仕組み・DXマニュアルの活用・職長登用のキャリアパス設計——これらは、これから外国人材活用を始める企業にとって、試行錯誤のコストを大幅に削減できる実践的な情報です。
先進事例が広く共有されることで、県内全体の受け入れ水準が底上げされます。1社の成功体験が同業・同地域の経営者の行動変容を促し、それがさらに新たな事例を生む——そうした正の連鎖が、本事業の波及効果として期待されます。
また、セミナーや相談会を通じて経営者同士のネットワークが形成されることで、業種を超えた情報交換・相互支援の土台が生まれます。外国人材活用に関する「経営者コミュニティ」の形成は、個別企業の取り組みを超えた、県全体の産業基盤の強化につながります。
4-3. 外国人材の定着が生む地域活力
外国人材が新潟に定着し、生活者として地域に根ざすことは、労働力の確保という枠を超えた効果をもたらします。
地域の消費・納税・コミュニティ活動への参加を通じて、外国人材は地域経済の担い手の一人となります。子どもが生まれ、地域の学校に通い、地域の祭りに参加する——そうした生活者としての存在が、地域の多様性と活力を高めます。
また、外国人材を受け入れた企業が職場環境を整備する過程で、多言語マニュアルの整備・礼拝スペースの設置・ハラール対応の食事環境の確保といった取り組みが生まれます。これらは外国人材だけでなく、障がいのある従業員・育児中のスタッフ・高齢の従業員にとっても働きやすい職場環境の実現につながります。外国人材の受け入れは、職場のダイバーシティ&インクルージョンを推進する契機でもあるのです。
Section 5将来の展望
新潟から始まる、外国人材活用の新しいかたち
5-1. 「新潟モデル」の全国への発信
本事業が積み上げる取り組みは、新潟県内にとどまらず、全国の地方県が直面する課題への回答モデルとなる可能性を持っています。
特に注目されるのが、DMI(PT DAISAN MINORI INDONESIA)との連携による「渡航前即戦力化モデル」です。インドネシアのチカランに建設された日本式自動車教習所コースと建設トレーニング施設で、来日前に運転技術・足場技術・日本語・就労マナーを習得した人材が新潟の現場に入る——この仕組みは、「来日してから覚える」という従来の受け入れモデルを根本から変えるものです。
来日後の立ち上がりが早く、職場への適応がスムーズで、定着率が高い。この「新潟モデル」の成果が数値として蓄積されることで、他の地方県・他の業種への横展開が現実的になります。新潟県が先行事例として全国に発信することは、地方創生における外国人材活用の新たなスタンダードを提示することにつながります。
5-2. 産官学連携による受け入れ基盤の強化
外国人材活用を持続可能なものにするためには、個別企業の取り組みを超えた、地域全体の受け入れ基盤の整備が必要です。
新潟県・市町村・産業団体・支援機関・大学・日本語学校・国際交流協会——これらの主体が連携することで、外国人材が安心して新潟で生活・就労できる環境が整います。日本語学習の機会・生活相談窓口・地域コミュニティへの参加機会・キャリアアップの支援体制。これらが一体的に整備されることで、「新潟に来たい」「新潟に残りたい」と思う外国人材が増えます。
本事業は、そうした産官学連携の情報ハブとして機能することを目指しています。Webサイトを通じて蓄積される事例・FAQ・セミナー情報は、連携する機関が共有できる知識基盤となります。3か年の事業期間を通じて、新潟県における外国人材活用の受け入れ基盤を段階的に強化していきます。
5-3. 外国人材が「選ぶ」地域・新潟へ
本事業が最終的に目指すのは、新潟県が外国人材から「選ばれる地域」になることです。
現在、外国人材の多くは首都圏・大都市圏への就職を希望します。生活の利便性・日本語学習の機会・同国人コミュニティの存在——これらの点で、地方は都市部に比べて不利な条件にあります。しかし、生活コストの低さ・自然環境の豊かさ・地域コミュニティの温かさ・職場での成長機会——これらは新潟ならではの強みです。
「東京より新潟の方が住みやすい」「燕三条で職人として成長したい」「新潟の農業で働き続けたい」——本事業の取材事例には、そうした声が実際に登場します。外国人材が新潟を選ぶ理由を丁寧に言語化し、発信し続けることが、「選ばれる地域・新潟」の実現への道筋です。
外国人材が活躍し、定着し、地域の一員として根ざす新潟。その姿は、人口減少時代における地方の持続可能なモデルとして、全国に示すことができるものです。本事業は、その未来に向けた、確かな一歩です。